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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13005号 判決 1990年6月26日

主文

一  被告が川合利明に対する東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一四七三八号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づき、別紙物件目録記載の各不動産についてした強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  本件について当裁判所が平成元年一〇月一六日にした強制執行停止決定を認可する。

四  この判決の三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

主文一項と同じ。

第二  事案の概要

1  本件は、原告らが遺贈を受けた不動産に対し、原告らの他の共同相続人の債権者である被告がした強制執行を排除するため、原告らが第三者異議の訴えを提起した事案である。

2  争いのない事実

(一)川合清一は、もと別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していたが、昭和六二年一二月二一日死亡した。

(二)昭和六〇年八月六日の川合清一の遺言により、原告らは、持分各二分の一の割合で本件不動産の遺贈を受けた(以下「本件遺贈」という。)が、川合清一の子である川合利明は、右の川合清一の遺言により、相続分はないものとされた。

(三)被告は、川合利明との間の東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一四七三八号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づき、本件不動産について川合利明が川合清一の共同相続による持分一二分の一を有するとして、右持分につき、強制競売開始決定を得た(東京地方裁判所平成元年(ヌ)第一三四号)。

(四)被告は、川合利明に対する右貸金債権を保全するとして、平成元年一一月一八日、原告らに対し、川合利明に代位して、本件遺贈につき遺留分減殺の意思表示をした。

3  争点

本件訴訟の主な争点は、相続人である川合利明の遺留分減殺請求権を、相続人の債権者である被告が代位行使できるかどうかという点にある。

(なお、右の争点のほかに、原告から、遺留分減殺請求権の時効消滅の主張及び川合利明が四〇〇〇万円の特別受益を得ている旨の主張がなされている。)

第三  争点についての判断

一  債権者代位の制度は、債権者が債務者の権利を代わって行使することを許す制度である。しかし、このような権利の代位行使は、債務者の意思の自由を侵害することとなるから、民法四二三条一項但書は、債務者の一身に専属する権利は、代位の客体たりえないものとしている。これは、債務者自らの自由な意思決定に委ねられるべき事項については、債権者といえどもこれに介入し、債務者の意思決定の自由を侵害してはならないという配慮に基づく。

遺留分減殺請求権については、遺留分権利者の承継人が行使することが認められていること(民法一〇三一条)を根拠に、一身専属性がないとする考え方がある。しかし、遺留分減殺請求権の処分の自由及びその結果として承継人の権利行使が認められていることは、遺留分減殺請求権の行使が、遺留分権利者自らの自由な意思決定に委ねられるべき事項であることとなんら矛盾するものではない。むしろ、遺留分権利者の意思決定の自由を確保するために、承継人の権利行使が認められていると考えることさえ可能である。

現行民法の遺留分の制度は、被相続人がその財産を処分する自由と、相続人の生活基盤の確保など身分的人格的関係を背景とする諸利益との調整を図る制度である。民法(一〇三一条)が遺留分減殺請求権を行使するかどうかの選択を遺留分権利者及びその相続人の意思に委ねたのは、親子、兄弟、姉妹などの身分的人格的関係とこれを背景に持つ財産関係との調整は、そのような身分的人格的関係を有する遺留分権利者とその相続人の自由な意思決定に委ねるのが適当であるとの考慮に基づくものと考えられる。そうだとすれば、遺留分権利者が減殺請求権を他に譲渡するなど、権利行使の意思を確定するまでは、債権者といえども遺留分権利者の意思決定に介入することは許されず、したがって、債権者代位により遺留分権利者に代位して減殺請求権を行使することはできないものと解するのが相当である。

なお、このように解すると、相手方が将来遺産を相続することに期待して金銭を貸付けた債権者の期待に反することになる。しかし、将来の遺産相続は、例えば相続の放棄(身分行為として詐害行為取消の対象とならない)があれば実現しないなど、極めて不確実な事柄であって、債務者の資力判断の基礎とはならないのが通常であり、右のような問題のあることは、前記の解釈の妨げとはならない。

さらにまた、減殺請求権の代位行使を認めないとすると、被相続人がその債権者を害することを知りながら、相続財産を他に遺贈した場合、被相続人の債権者が減殺請求権の代位行使により相続財産を取り戻すことを封ずる結果となって、不当であるかのようである。しかし、右のような場合は、破産法四二条の相続財産破産の制度によって十分救済を受けられるのであるから、右の点も前記解釈をとることの妨げとはならない。

二  以上のとおり、遺留分減殺請求権は、行使上の一身専属権というべきであり、遺留分権利者である川合利明がこれを行使する前に、同人に代位してした被告の減殺請求の意思表示は、その効力を生じないものといわねばならない。

したがって、本件不動産は、本件遺贈によって持分各二分の一の割合で原告等が所有(共有)するものであるから、原告らの本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 岩田好二 裁判官 森 英明)

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